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『アニマ』1989年6月号No.201
渓流の山椒魚採り
かつて秘境といわれた南会津の山村檜枝岐では、サンショウウオが棲息する沢がたくさんある。今は数人になってしまった山椒魚採りのしごとを森の中にたずねてみた。
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山椒魚小屋の日々

「駄賃がない」からと、午後はアラクラ沢を1本歩いただけでやめてしまった。この沢には全部で23の仕掛けがあるのだが、どれを見ても獲物はあまり入っていなかった。
 小屋を出てからまだ2時間と経っていない。頭上には、強い陽射しを受けた新緑の梢がかぶさるように茂り、梅雨時とは思われない夏のような濃い青空が広がっていた。
「こう陽気がいいとだめだ」と星さんはあっさり沢を下り、小屋に戻ってしまった。
 小屋の前では、妻のミサヲさんが山椒魚に串を通す作業をしていた。山椒魚の体長は12センチメートルくらいで、その小指大の頭部に、長さ60センチメートルの細い竹節を丹念に通していく。1本の竹に雌雄10匹ずつ串刺しになっている。横のポリバケツには、塩水に一晩漬けておいた山椒魚が、白い腹を見せ、山になっていた。
 星さんの山椒魚小屋は、檜枝岐の集落から舟岐川の上流5キロメートルの左惣沢の出合いに建っている。このあたりは戦時中焼き畑の開墾地だった所で、出作り小屋がいまでも廃屋になって残っており、その下流の方には雪がまだ残る会津駒ヶ岳(2132メートル)の穏やかなスロープが見え、舟岐川の上流にはうっそうとした樹木が生い茂る2000メートル近い山々が迫っている。
 トタン葺きの小屋の内部は4畳半の板張りで、梁には太い立派な材木が使われていた。奥には1畳半の大きな囲炉裏が切ってあり、沢胡桃の薪がぶすぶすと煙を上げている。囲炉裏の上には火棚が設けてあり、そこで串刺しの山椒魚がいぶされていた。
 外で服を着替えてきた星さんは囲炉裏を背にあぐらをかいた。「冷蔵庫でも生きているのにな」と、暑さに弱い山椒魚の説明をしてくれる。
 たとえば「18度の外気にさらしておくと2時間ともたないだろう」と言う。だから気温が上がると石の下など冷たい場所にじっとしてしまい、夜行性なのに夜になっても活動しようとはしない。当然仕掛けておいた罠には入らない。そんなわけで山椒魚採りには雨が一番ありがたいのだ。どんなに激しい雨でも沢に入って行くと言う。
「何年やっても嫌なもんですよ」と火棚に吊るした山椒魚を横目で見やりながら、奥さんがお茶を入れてくれた。結婚してからもう30年にもなるが、串刺しにする瞬間と、乾燥途中の臭いだけは今でもたまらないらしい。
 囲炉裏に鉄びんを戻し、太い薪を1本くべた。囲炉裏の煙が24時間絶えず小屋の中に充満し、火棚に吊るした山椒魚をいぶし続ける。「目が痛いでしょ、私はいつも這って歩くんですよ」と笑った。
 二人は薫製室のようなこの小屋で、1ヶ月間生活を続けなければならない。
 檜枝岐には星さんのように山椒魚採りを専門にしている人が5人いる。彼らは毎年6月の産卵時期になると、昔から自分たちだけが取る権利を持つ沢に入って行く。そこには彼ら以外の村の者が決して手を出せない山の掟のようなものがあるようだ。
*          *
 星寛(60歳)さんは、山椒魚採りの2代目でこの仕事を45年間続けてきた。
 檜枝岐で山椒魚が採られ始めたのはそんなに昔のことではない。昭和の初め、栃木県の川俣の人が山を越えて山椒魚を採りに来た。それを見た土地の人が、そんなもので商売になるならと、わざわざ川俣まで取り方を習いに行った。星さんの父親と二人の叔父さんたちだった。
 星さんが学校を卒業した年、父が3本の沢をくれた。「オヤジはなにも教えてくれなかった」。どこに罠を仕掛けたら取れるのかわからず、それを体得するまで4、5年もかかったと星さんは言う。
 檜枝岐では山椒魚を採る罠をズウと呼んでいる。ズウを編む材料は今でも川俣産の細い竹が使われ、それを筍型の筒状に編む。筒の長さは50センチメートルで、口径は13センチメートルと15センチメートルの2種類がある。これを岩で段差ができた沢水の落口に、開口部を上にして、水圧で動かないように太い枝で吊っておく。夜、産卵に川へ入ってきた山椒魚がこのズウに入る。一度中に入ってしまうと、水流の勢いで脱出できない。
 その年の一番最初に罠を仕掛けることを「ズウを入れる」。終了にすることを「ズウを上げる」と言う。星さんは山の青さや草木の伸び具合を見ながらズウを入れる。気温が低いはじめの頃は沢の下流だけにズウを仕掛け、次第に上に延ばしていく。最盛期には8本の沢に250個のズウを使う。そしてズウを上げるのも、山椒魚の入り加減を目安に下流からやっていく。ひとつのズウで2週間、1本の沢で約1ヶ月の漁期になる。
 こうして星さん親子は、2代に渡って60年間、8本の沢の山椒魚を採り続けてきた。「少し取り過ぎたかな」と思うと、4、5年後に必ずその影響を感じ取るという。この繊細さが、これまで1本の沢の山椒魚も絶やさずにやってこれた秘訣なのだろう。
「教えるったって特別な方法があるわけじゃない」と星さんも今では思うようになっている。

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